平和への祈りと民間外交 1

2026年、あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

しばらくブログの更新が滞っており、大変申し訳ありませんでした。

昨年は、当院のホームページをご覧になって来院してくださる患者様が多くいらっしゃいました。心より感謝申し上げます。茨城県や千葉県など、遠方から足を運んでくださった方もおられ、そのお気持ちを思うと、自然と背筋が伸びる思いがしました。

また、診療の合間にお話をしていると、私の前職について関心を持ってくださる患者様も少なくありませんでした。歯科医療という限られた時間と空間の中でなかなか治療以外のお話しする時間は取れませんが、前職の経験をお話できることは、私にとっても大切なひとときです。

新しい年を迎えるにあたり、少し趣を変えて今回は、私が個人的に続けている「スモール民間外交」とでも呼ぶべき活動について、ご紹介してみようと思います。大きなことはできませんが、自分なりのやり方で、人と人、国と国の間に小さな橋を架けていく。そんな試みのお話です。

映画で「ペリリュー‐楽園のゲルニカ‐」が上映されパラオ・ペリリュー島に少し関心を持たれた方もいらっしゃったのではないでしょうか?

雑誌
年末の歴史街道での特集記事(知らない事が多くありました)

私は海上自衛隊に在職していた時に米軍・英軍・豪軍と共にパラオにてパシフィックパートナーシップという活動に携わった事があり(写真)、以来パラオの人々との交流を続けております。

米軍ペリリュウ‐島上陸の激戦地のオレンジビーチにて米軍士官とミッションプログラムの検討をした時の記念
米軍ペリリュー島上陸の激戦地のオレンジビーチにて米軍士官とミッションプログラムの検討をした時の記念

2025年11月22日から27日までの短い滞在ではありましたが、パラオを訪れ、歯科医療を通じて交流を温めることができました。滞在期間は限られていましたが、その分、時間は濃く、印象は深く残りました。

2025年11月からユナイテッド航空の直行便が週2便就航したおかげで、今回は乗り継ぎのない直行便で現地に向かうことができました。トランジットの負担がないというのは、それだけでパラオを近くに感じ、心に余裕を与えてくれました。

パラオについては以下の田島先生のブログが参考になります。
パラオでの歯科医療ボランティアについて(2023.12.27)

11月23日 日曜日
今回の外交に同行してくれた退職海上自衛官の吉見氏とともに、ペリリュー島を訪れました。コロール島からボートで1時間吉見氏にとっては、これが初めてのペリリュー島でした。静かな海と、強い日差し、その奥に折り重なる歴史の重み、太平洋戦争中の激戦地ペリリュー島。

25年前、ペルシャ湾インド洋洋上給油活動に共に汗を流したした仲間(吉見氏)と、ただ同じ場所に立ち、同じ風を感じることに意味がある、そんな一日でした。

ペリリュウー島へ向かうボート
ペリリュウー島へ向かうボートです。パラオのコロール島から1時間くらいかかります。
 
ツアーのガイドの平野さんと同行の吉見氏。
ツアーのガイドの平野さんと同行の吉見氏。ペリリュウ‐島のガイドでは平野さんのガイドがお勧めです。平野さんも退職自衛官です。
 
上陸激戦地のオレンジビーチも訪れました。
上陸激戦地のオレンジビーチも訪れました。
ガイドの平野さんの心の込もった説明を聞きながら鎮魂碑でお焼香させて頂きました。
ガイドの平野さんの心の込もった説明を聞きながら鎮魂碑でお焼香させて頂きました。

11月24日 月曜日
ベラウナショナルホスピタルで診療を開始。
事前にパラオに臨時の医療資格を申請して、出発前にテンポラリーライセンスを発給して貰っております。

病院のスタッフにパノラマエックス線を撮りたいと言ってるのに、なぜかデンタルエックス線の準備をします。そうか私の英語が悪いのかあ、仕方ないこれは無理をしてもいけないので、デンタルエックス線で我慢しようと思いました。何回か同じことが繰り返され流石に何かおかしい?と思いスタッフに尋ねると..... 機械が壊れておりました。それでも病院スタッフは親知らずの抜歯希望の患者さんの予約を入れてくれてました。患者さんもやる気満々です。

CT付きパノラマエック線機械
2年前にドネーションしてもらったCT付きパノラマエック線機械のようですが、設置した時から動いていないとの事でした(涙)
親知らず抜歯した高校生を記念撮影!

レントゲンはありませんが、抜歯は無事に終わりました。理想的な環境とは言えないですが、結果としてゴールにはきちんと辿り着けました。


もちろん、無理はしません。

しかし医療過疎地では、いつでも万全の態勢で診療に臨めるわけではありません。足りないものは多く、選択肢も限られている。それが現実です。
だからこそ、自分がこれまで積み重ねてきた診療経験の中から、「今できること」を一つひとつ探し出し、静かに組み立てていくしかありません。完璧ではなくても、その場で最善と思える手を選ぶ。すこしヒリヒリする環境の中に身をおくと、医療を日々続けていくということの重みや大切さを改め考えさせられます。

11月25日 火曜日
朝からERに呼ばれました。南国パラオの朝にしては少しザワついた落ち着かない始まりでした。
顔面外傷の救急患者がERに運ばれているとのことでした。昨晩、どこかで転倒した…?早口で説明されるとヒアリングが追いつきません(涙)。
パラオの国立病院のERでは、台湾から来た若い医師たちが研修を兼ねてボランティア診療をしています(ERにパラオ人の医師はいません)。彼らは熱心で、真面目です。しかしどうやら口の中の出血を止められないらしく、「自分達では厳しい。台湾へ後送するべきかどうか……」そんな会話が、事務方との間で始まっていたようでした。
ちょうどそのとき、偶然というには少し出来すぎたタイミングで、パラオの国立病院に小澤が居合わせていました。専門は自称口腔外科。慌てているデンタルチーフドクターに導かれて、私はERへ向かいました。
患者さんの損傷は、鼻翼から口唇、さらに口腔内まで及んでいた。歯の状態はあまり良くなかったのか、何本も折れているように見えました。歯肉は本来あるべき場所から捲れ上がったまま縫合され、骨面が露出していました。(口腔外科医でなければ、なかなか手を出しづらい状態でした)
私は一度、すべての縫合糸を外すことにしました。歯肉を元の位置に戻し、折れてしまった歯は抜歯し、あらためて全部縫い直します。淡々と、しかし慎重に手を動かします。過去の経験を頭から引っ張り出します。

処置の途中、台湾の若い医師がやや不審そうな目で尋ねてました。
「日本のどのボランティア団体ですか?専門は?経験はどれくらいですか?」
私は少し考えてから、
「日本の海上自衛隊で、歯科医官を27年やってリタイアした者です。口腔外科は、ほんの少しだけですけれども経験があります。」(一応英語で話ししています)
彼は「ワオ〜」と小さく唸り声を上げ、納得したように静かにその場を離れていきました。余計な説明は、それ以上必要ありませんでした。【ミリタリーキャリア・海上自衛隊のキャリア】に敬意を表してくれたのだと… 一人で静かに解釈した事を付け加えておきます。(多分彼も忙しかっただけだと思いますが……)。
後になって、デンタルチーフドクターから「これがうまくいかなければ、台湾への航空搬送でした」そう言って、深く感謝してくれました。(実際昼ご飯をご馳走してくれました・笑)
私はただ、自分にできることをしただけでした。

小さな島国パラオのERで起きた、少しだけ不思議なめぐり合わせ、しかし確かにそこにいた小さな自分。

スティーブ・ジョブズの言葉――
“Connecting the dots” に、ふと思いを馳せました。

11月26日 水曜日
この日は囚人の方が親知らずが痛いと言って来院されました。

親知らずはレントゲンなしで、丁寧に抜歯いたしました。
手錠がおもそうです。特に護衛の警官はいませんでした。よーく考えると少し怖いのですが、パラオらしいノンビリした光景です。