平和への祈りと民間外交 2
パラオで出会った、相変わらず熱い自衛隊OBたち
今回のパラオ行き、二つ目の目的。それは、横須賀衛生隊や海幕衛生企画室時代に大変お世話になった星野さんと再会することでした。
星野さんは、海上自衛隊を定年退職後、現在はパラオで JMAS(日本地雷処理を支援する会)というNPO法人で活動されています。
パラオでは、戦後80年近く経った今でも、第二次世界大戦中の不発弾が、海に普通に沢山残っています。
JMASはそれらを調査・処理して、
- 自然環境を守る
- ダイビングスポットの安全を確保する
- 有毒物質(ピクリン酸など)の流出を防ぐ
という、めちゃくちゃ大事な仕事をしています。
外務省「パラオ共和国における爆発性戦争残存物(ERW)処理事業(第2年次)」

しつこいですが、これは「レジャーダイビング」じゃありません。
海中で機雷を相手にする仕事です。一歩間違えたら、普通に命が終わります。
この仕事をしているのは、海上自衛隊船乗りの間でも「漢の中の漢」と言われる元・水中処分隊の隊員たち。「ガチ中のガチ」海の中で爆弾処理ですから。

現在のJMASパラオは、
- 元水中処分隊員 2名
- それを支える元海上自衛隊衛生員 1名
という少数体制で、退役海上自衛官が漢の誇りにかけて仕事をしています。
全員が定年退職後もなお、専門技術と経験を現地に生かしています。
星野さんとは「いつかパラオで会いましょう」と話していました。
「パラオに星野さんに会いに行く」と伝えると妻からは「日本で会えばいいじゃん」とド正論のツッコミ。でも違うんです。「パラオで飲むビールは上手い・・・ではなく、命を張っている“現場”」で会うことに意味がある。
さらに嬉しかったのが、第1次ソマリア沖海賊対処行動で一緒だったマスターダイバーが、定年退職後、同じくパラオで活躍していると知ったこと。
再会できると分かった瞬間、テンション爆上がりでした。

帰国前夜 プチ海上自衛隊OB会
帰国前日の夜は、マスターの滞在先に招いていただき、地元の魚と、マスター手作りの天ぷらで宴会。
こちらからは、お土産の「大五郎」を献上(笑)
話は当然、昔話へ。
第1次ソマリア海賊対処行動のアフリカ話に始まり、あとはマスターの
- 1982年 羽田沖日航機墜落事故
- 1991年 ペルシャ湾掃海部隊派遣
- 2008年 あたごと漁船衝突事故
- 2011年 東日本大震災
……いつも災害になると派遣される水中処分隊の話が次々と出てきます。
これをさらっと(時に濃く)語るあたりが、マスターらしいのです。
自衛隊を辞めると、どうしても人とのつながりは薄くなります。
それでも、こうして再会できる。
昔と変わらず、同じ空気で笑える。
派手な勲章も、拍手もありませんが、こういう人たちが、いまだ戦争の後始末をして、命を守り続けている。改めて思いました。
やっぱり海上自衛隊の人たちは、かっこいい。
星野さん、マスター、本当にありがとうございました。

お気をつけて、またパラオで!

