平和への祈り・Connecting the dots 1
パラオに行くと、必ず会う人がいます。
Darnelle Worsickさん。(写真左)
初めて出会ったのは2016年でした。
当時私は、防衛省統合幕僚監部後方補給室(J4)衛生班に所属し、パシフィック・パートナーシップの担当をしていました。

パシフィック・パートナーシップとは、アメリカ海軍の艦艇を主体として、環太平洋諸国を約3か月かけて巡り、人道支援活動を行う多国間ミッションです。
楕円形のエリアがパシフィックパートナーシップの行動範囲です。
ウィキペディア:https://en.wikipedia.org/wiki/Pacific_Partnership

当時の私にとって、パラオは南太平洋に浮かぶ遠い国でした。
戦史を紐解くと、パラオのペリリュー島は水戸の第二連隊が玉砕した場所――。
厳かな空気に包まれた海の孤島。そんなイメージを、朧げながら持っていました。

2016年夏のある日、防衛省市ヶ谷A棟。(中央の建物がA棟)
次のパシフィック・パートナーシップ派遣に向けた、統合幕僚監部担当者の初顔合わせを兼ねたキックオフ会議、J1防衛J2情報J3運用J4後方までの担当者が集まっていました。(統合幕僚監部:Joint staff office: 各部課はJ1~4と分類され呼称されます)
その場で発せられた、J1防衛班担当者の何気ない一言が、すべての始まりでした。
「パシフィック・パートナーシップも来年で初参加から10年になります。日本が一か国でもいいですから、主管国をやりましょう。派遣先はパラオがいいと思います。」
思わず椅子から転げ落ちそうになりました。
そして、その場にいた誰もが思いました。
——パシフィック・パートナーシップ主管するの? アメリカ企画じゃなかったっけ、そもそもなんでパラオ・・・・
その空気を感じ取ったのか、J1の担当者は続けました。
「パラオは前年、天皇皇后両陛下(現・上皇上皇后両陛下)が訪問された国でもあり、担当として親善外交上の意味を考えています。」
平時における軍事組織の果たす役目として、親善外交的意味合いは確かに大きい。
J1防衛班その卓越した企画力に、異論を唱える者はいませんでした・・・
そして、さらにこう続けました。
「J3、相談ですが、海上自衛隊から輸送艦を出せませんか。」
「J3、もう一つ陸上自衛隊の施設科部隊も一緒に派遣しましょう。」
「J4、医療企画任せますのでお願いします。」
企画を立てるのがJ1防衛班。
——企画を打ち上げると、彼らは静かに後方に下がっていきます。
それを現実にするのが、残されたJ3訓練班とJ4衛生班でした。
言うのは簡単です。
J3訓練班の担当者は、「予科練出身」と自称する航空学生出身ヘリコプターパイロットでした。男気の塊のような、ハートナイスな海軍航空隊の漢です。
「お金(予算)はどうするんですか?」
J3の漢は一言、そう言いました。
J1は答えました。
「アメリカ側とは調整してみます、あとはJ3で何とかしてください。」
思わず顎が外れそうになりました。
省内調整、予算確保、外務省との折衝、そしてアメリカ側の了承。
どこから手をつければよいのか。考えただけでも頭が痛くなる作業です。
一つでも歯車が狂えば、計画は音もなく止まります。
こうして
【2017年夏のパシフィック・パートナーシップ、パラオ日本主催】の実施に向けた調整が始まりました。


J4医療企画をつくる事はすべて私の担当でした。
キックオフの担当者会議が終わると私は上司に報告しました。
「J1が来年のパシフィック・パートナーシップを日本単独で1か国主管したいと考えています。パラオに海上自衛隊の輸送艦を派遣する案をアメリカ側に打診する予定です。」
上司からの指示は明確でした。
「輸送艦を出すなら、艦内で手術できへんかな?」
「艦の手術室に問題がないか、検証せなあかんやろ。」
「あとは任せるから好きにやってええよ。」
柔らかい大阪弁でしたが、求められている内容は重いものでした。
統幕の軍医長もといJ4衛生官としては、むしろ当然の発想だと感じました。
上司の意思を貫徹すること。それが軍人もとい自衛官として、J4衛生担当としての私の任務です。
反射的に「分かりました。やります。」
そう答えたとき、
頭のどこかで、大澤誉志幸の歌が静かに流れていました。
——そして僕は、途方に暮れる~

