平和への祈り・Connecting the dots 3
「平和への祈り・Connecting the Dots 1」「平和への祈り・Connecting the Dots 2」からの続きとなります。まだお読みでない方は、ぜひそちらからご覧いただければ幸いです。


シンガポールでの米軍との調整会議を経て、日本側が提案した企画は米軍全体のスケジュールに正式に組み込まれ、パラオでの実施日程も無事に決定いたしました。その後の細部調整は、米軍担当者との継続的な協議に委ねられることとなりました。




2016年1月31日、私たちは現地調査のためパラオへ向かいました。
グアムを経由する長い移動(グアムでの待ち時間が長い)の末、パラオに到着したのは深夜でした。
飛行機を降りると、空港の灯りの先には広大な闇が広がっていました。都市の喧騒も、人工的な光もありません。南洋特有の湿り気を含んだ空気が静かに肌を撫でていきます。
すると、その静寂の中で突然、「小澤先生」と私を呼ぶ声が聞こえました。
「堀江さん!お久しぶりです!」堀江さんは、かつて海上自衛隊に勤務され、退職後はJAMAS(「平和への祈りと民間外交2」参照)で働いている方です。人づてに堀江さんがパラオのJAMASにいることを聞いて、パラオ渡航前からメールでやり取りをしていたものの、まさか深夜のコロール空港まで迎えに来てくださるとは思ってもいませんでした。
パラオの暗い到着ロビーに出た直後、昔お世話になった海上自衛隊の大先輩が待っていてくれました。その姿を見た瞬間、思わず顔がほころびました。

パラオの空気に重たさや不快感がなく、なぜか遠い故郷に迎え入れられたような安堵を感じさせました。しかし、それ以上に私の心を和らげてくれたのは、10数年前に同じ横須賀の部隊で管理職として苦楽を共にした堀江さんの温かさだったのかもしれません。
太平洋戦争の激戦地として多くの日本人が命を落としたこの島に、新しい日本の自衛官として自分が今訪れていることを実感しました。その思いは、パラオの暗い夜の静寂の中でゆっくりと胸に染み込んできました。
翌朝、ホテルの窓から見えるパラオの海は、昨夜の闇とはまるで別世界でした。
青く澄んだ海。ゆっくりと流れる時間。
しかし、私たちにとっては観光ではありません。ここから現地調査という本来の任務が始まります。最初の訪問先は、在パラオ日本国大使館でした。
今回の計画は、パラオ政府、大使館、米軍、そして現地関係者の理解と協力があって初めて実現できる取り組みです。そのため、大使館との連携は極めて重要な意味を持っていました。
大使館は街中から少し離れ、海と夕日が美しいパラオパシフィックリゾートの近くに位置していました。
青空の下に建つ日本大使館は、南国らしい穏やかな空気に包まれていました。しかし館内に入り、外交上の基本的なレクチャーを受けると、その空気は一変しました。改めて、今回の活動には外交的な配慮が不可欠であることを実感しました。

パラオは親日国として広く知られています。しかし一方で、日本との歴史や戦没者慰霊に関わる活動については、細心の注意と配慮が求められることも容易に想像できました。
大使館の担当者からは、現地政府との関係や関係機関との調整状況について説明を受けました。また、私たちが計画している活動についても、現地住民への配慮や慎重な情報発信の重要性について助言をいただきました。
「良い取り組みだと思います。しかし、だからこそ丁寧に進めてください。」そんな趣旨の言葉であったことが強く心に残っています。
私たちが目指していたのは、戦争で亡くなられた方々への追悼と、未来へ向けた平和への祈りを形にすることでした。
その想いを実現するためには、現地政府、住民の皆様、そして関係者全員の理解と信頼が欠かせません。大使館での打ち合わせを終えた私は、改めて今回の計画が持つ責任の重さを感じていました。
そして、その日の午後には、パラオ政府関係者との初会合が予定されていました。パシフィック・パートナーシップ開催に向けた第一回調整会議であり、この場も日本大使館が事前に丁寧な調整を行い、設定していただいたものでした。
いよいよ、数日間にわたる本格的な現地調査が始まろうとしていました。

診療のご予約はこちら
「歯が痛い・しみる」「血が出る」など、お口のことで気になることがあれば、
川崎日航ホテル6階の歯科医院「日航ビル歯科室」にご相談ください。

