平和への祈り・Connecting the dots 4

「計画」と「現実」のあいだで見えてきたもの

平和への祈り・Connecting the dots 1」「平和への祈り・Connecting the dots 2「平和への祈り・Connecting the dots 3」からの続きとなります。まだお読みでない方は、ぜひそちらからご覧いただければ幸いです。

パラオ政府との第1回調整会議は、私たちにとって実務の始まりであると同時に、ひとつの現実を突きつけられる場でもありました。
私たちは眼科(白内障)手術、ビジョンバンの運用、眼鏡の提供、医薬品の寄付という医療支援を提案しました。パラオ政府は、これらを歓迎し、大きな期待を寄せてくれました。
しかし日本側の提案である輸送艦「しもきた」の【艦内手術室】で白内障手術を実施する案について、パラオ側は「自国の病院で手術を実施してほしい」と希望しました。パラオ側からは「目が悪い人間を、どうやって沖に停泊している輸送艦まで運ぶのですか?」「危なくないですか?」
もっともな意見でした。

会議の様子

医療とは、単に技術を提供することではなく、その国の医療システムや尊厳を尊重する営みでもあるということを、私は感じていました。パラオの意見をとにかく尊重しようと思いました。
国際協力では、「何を提供するか」よりも、「相手が何を望んでいるか」の方が、はるかに重要です。時に己の正義をぶつけ合って摩擦が生じます。
では、輸送艦「しもきた」手術室で何の手術を実施すればよいのか…
J4衛生官からの「輸送艦手術室を検証せよ」という命題が再び私を悩ませました。

現実はさらに具体的な姿を見せ始めます。
輸送艦「しもきた」は大きすぎて接岸できる港がパラオにはありませんでした。

そう、輸送艦「しもきた」は沖合に停泊しなければなりません。
安全なアンカリングポイントはどこか。海図は手に入るのか?
沖に停泊した「しもきた」ビジョンバンをどのように陸揚げするのか?
LCAC(エアクッション艇)にビジョンバンを搭載できるか?LCAC(エアクッション艇)が揚陸できる場所はあるのか?
乗員はどこの桟橋から上陸するのか。

一つの問いに答えを出すと、また新しい問いが現れます。

問いを立て、考え、答えを出す。
そして、その答えから、また新たな問いを作り出します。
一つひとつを積み重ねていくことこそが、現場の本質なのだと思います。
戦略とは、あらかじめ完成が予定された設計図のようなものではありません。
限られた時間の中、現場で次々に現れる制約条件を受け入れながら、その時々で作戦を考え、必要に応じて修正し、また練り直していかなければなりません。

私は海上自衛隊で教わった「時点修正」という言葉が好きです。

海は、天候や風、波、潮流によって刻一刻と状況が変化します。
航海を続けるためには、最初に立てた計画に固執するのではなく、その時点で得られる情報をもとに、常に最良と思われる選択をしていかなければなりません。
もちろん、目指す目的地を見失ってはいけない。しかし、そこへ向かう航路は、状況に応じて何度でも修正する必要があります。
振り返れば、それは時に胃が痛くなるような思いをしながら、考え続ける作業の連続でした。現場に立つということは、最初から用意された「正解」を探すことではありません。その時点で考え得る、より良い答えを探し続けること。
そして、その答えによって新たな問いが生まれたなら、もう一度立ち止まり、考え直すこと。答えを出して終わりではない。問い続けるからこそ、次に進むべき道が見えてくる。
「時点修正」とは、計画を諦めることではありません。
目的を見失わず、その時々の現実に向き合いながら、より良い方法へと計画を修正していくことです。その積み重ねこそが、現場で仕事をするということなのだと、私は実感しました。

もう一つ、私たちには必ず実現したい事がありました。
激戦地ペリリュー島での日米合同慰霊祭です。その実施には州知事の許可が必要であり、私たちはペリリュー島へ渡りました。
海は驚くほど穏やかでした。
戦場として語られる場所でありながら、その風景はどこまでも美しい。
この強い対比こそが、戦争という出来事の本質なのかもしれません。
人間は争いを生み出します。なぜ争いを止められないのでしょうか?

自然は、その善悪に関わらず、ただ静かに存在し続けます。
その静けさの前では、人は自らの歴史と向き合わざるを得ません。
自衛官として制服姿のまま慰霊碑を訪れ、線香を手向け、日本酒を供えました。
およそ一万柱の英霊が眠るその場所はただ静かでした。
私が感じたのは、「歴史は終わった出来事ではない」ということです。
私たちが今ここに立ち、国際協力を行おうとしていることもまた、歴史の延長線上にある行為であり、平和をつくるための自衛隊の活動だと感じました。
過去と現在は分断されているのではなく、一本の線としてつながっています。
そう振り返るとこの活動は官僚が唱える単なる災害医療訓練ではなく、平和を築く営みでもあったと…

現地調査は続きます。
「しもきた」のアンカリングポイントの検討。
ビジョンバンが本当に搭載できるのかという実車確認。
「しもきた」右舷サイドランプをビジョンバンは越えて搭載できるのか。
LCACへ積載できるのか。
LCACをどこに揚陸させるのか?
海上自衛隊隊員のプロフェッショナル集団の叡智を結集しなければなりませんでした。
そんな中、パラオ側から一つの提案がありました。
「スコジョーならLCACが揚陸できるのではないか。」

そこは旧日本海軍二式大艇基地の跡地でした。
戦争のためにつくられたインフラが、70年余りの時を経て、海上自衛隊がLCACを揚陸するために再び活用されようとしています。
【海軍の遺産を海上自衛隊が使用する】という事実に感動しかありませんでした。
先人たちが、未来の平和の礎となってくれていたのです。

第1回現地調査は、当然のことながら課題を残して終わりました。しかし、それ以上に大きな収穫がありました。
それは、【平和は理念ではなく、具体的な仕事の積み重ねによって支えられている】と実感できたことでした。

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